こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、
投稿させていただきます。
今回の冒頭は仏教の教えからお話させていただきます。
まず、仏教の心理の一つに「因果応報」という教えがあります。
これは「物事や事象には必ず“原因“と”結果“がある」という法則です。
例えば、あなたが生まれたのは、過去お父さんとお母さんが知り合って愛し合うという原因によって「あなたが生まれた」という結果をもたらせたという事です。
あなたが生まれ、今の学校に行っているのは、あなたの家族がその地域に生活基盤を築いたことが原因です。
あなたが就職をしているのであれば、あなたが面接に出向いたことが原因で、採用担当者が雇用するという結果が今のあなたです。
この様に、全ての事柄・事象には「原因があって結果がある」という事です。
これを「因果応報」と言いますので、覚えておきましょう。
何とも当たり前の様なお話ですが、お釈迦様はこれを“真理”であると説き、後世に伝えられました。
そしてもう一つ、仏教の教えには「良い種を撒けば良い実がなる。悪い種を撒けば悪い実がなる」という教えがあります。これを「善因善果」そして「悪因悪果」と言います。
例えば、あなたが電車の中でお年寄りに席を譲ったとしますね。その時相手から「ありがとう」と言ってもらったとしかます。これはあなたが良い種を撒き、すぐにいい気分になったという報酬を得る事が出来たという、とてもいい例です。
または、あなたが信号無視をして交通事故に遭ったとします。これはあなたが悪い種を撒いた結果、あなたも痛い思いをし、運転手に多大な迷惑を掛けてしまったという悪い例です。
しかし、いくら良い種を撒いても上記のようにすぐに結果(報酬)を得られるという事は少ないでしょう。勉強で言うと「どうせ数学の公式なんて社会に出て使わないでしょ」と、言いながら、勉強が出来ない自分を正当化して逃げている学生によくある思考だと言えます。
つまり、今の行為が“良い事”なのか“悪い事”なのかもわからない。ましてやそれがどの様な実を成し、どの様な報いがあるのかも分からないのが、実際のところです。
「桃栗三年柿八年」ということわざがあります。これは「桃や栗は実を付けるのに三年。柿は八年かかる」という事です。
桃や柿ですら、数年かかります。ましてや今私たちが行っている行為・勉強と言うのもどの様な実になり、いつ実を成すのかもわからない、という事になります。
しかし、仏教の教えとはそんな曖昧な事にもちゃんとした教えを残してくれています。
次回に続きます。
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