こんにちは、個別指導Wam藤の木校です。
電子マネーの普及によって最近硬貨を使う機会が減りました。電子マネーは便利です。特に紙幣はともかく、じゃらじゃらとうるさい硬貨を数えるのはとてもわずらわしいと思いませんか。その中でも額が小さくて軽く、いかにも安っぽそうな一円玉が多いとイライラする、というのにうなずく人は多いのではないでしょうか。
ですが、たかが一円玉、されど一円玉。一円玉は「技術の日本」を象徴するかのようなことがいくつも埋め込まれているのです。
まず、そこそこ有名な話ではありますが、「一円玉は1円以上する」という話。
一円玉の原料はアルミニウムです。硬貨を作っている造幣局は、調達した地金から自前の工程で硬貨を鋳造するのですが、アルミニウムの原価(一円玉1枚あたりのアルミニウムの原価は約0.7円)と製造にかかるコストを加味すると、一円玉を1枚作るのに1円50銭~70銭かかっているそうです。つまり一円玉作成は原価割れしていて、造幣局としては一円玉を作れば作るほどコストがひっ迫する、要は赤字になるのです。
噂ですが、かつて消費税を初めて導入した際、それまでほとんどなかった一円玉の需要(ニーズ)が極端に上がり、一時的に造幣局の経営に支障が生じたとか。本当かどうかはわかりません、あくまで噂ですが、実際には一円玉以外の硬貨や紙幣で製造コストを調整しているので問題はないほか、消費税が10%になって電子マネーも普及してきた現在は、一円玉の需要は急速に落ちているようです。
また、一円玉はジャスト1.0gです。1gの重さはどうやって決めているのか。答えは意外に簡単、1kgの1000分の1として決めています。「じゃあ1kgはどう決めているの?」と当然思うでしょう。
1kgはもともと水1L(リットル)の質量として定義されていました。ところが水の密度は気圧と温度に影響されるのでいろいろ変わってしまう、そこで白金製の「国際キログラム原器」を基準にしました。でもこの原器も表面吸着などの影響で年々増加し(とはいっても年に100 0000分の1g程度)、これはたいへんと念入りに洗ったら約50 μgも減少(といっても指紋1個に含まれる皮脂の質量に相当)したので、2018年からはプランク定数という物理学の定数によって決められているようです。
一円玉を「重い」と思いますか? おそらく「軽い」と思う人が大半ではないかと思います。かといって弱い風で飛ぶほどではない軽さです。ということは、数gなら一円玉を基準に「これは○gだね」とその推定することができるかと思います。まあ、さすがに数百gになるとわからないかとは思いますが・・・
あと、あまり日常的には使いませんが、天秤ばかりを用いて微調整するときにも一円玉は役立つかもしれません。
次に、一円玉はアルミニウムと書きましたが、純度も高く、99.999%がアルミニウムです。
アルミニウムは非常に酸化されやすく、空気中ではすぐに酸化されます(専門的にいうとイオン化傾向が高い)。でも空気中に放置しても鉄のように錆びているようにみえないのはなぜでしょうか。
酸化してできた酸化アルミニウム(Al2O3)は、アルミニウムの表面を非常に緻密(ちみつ)に覆ってしまい内部のアルミニウムと酸素との接触を断つ保護膜の役割をします(専門的にいうと不動態になる)。そのためそれ以上さびが内部までしていかないのに加え、できた酸化アルミニウムの皮膜は無色透明なのです。
だからアルミニウムの表面が金属の地肌そのものと錯覚されやすいのです。「アルミニウムは空気中ではさびない」という誤解が生じるのも、どこか仕方ないようにも思います。
またアルミニウムは金属です。金属というと「硬い」というイメージがありますが、アルミニウムはどうでしょうか。
ネジをゆるめようと一円玉をあてて回したら、ネジが回らないどころか一円玉がぐにゃっと曲がってしまった・・・という経験はありませんか。経験がなくてもあまりお勧めできることではないですが、一円玉すなわちアルミニウムは案外柔らかいのです(なお十円玉ならたいてい大丈夫なので、ネジ回しには十円玉を使いましょう)。
人によっては理科の実験でナトリウム単体を切ったことがあるかもしれませんが、このように「金属=硬い」とは限りません。
アルミニウムは原子番号13で、周期表では上の真ん中あたりにあり、酸にも塩基にも反応する両性元素という少し変わった性質があります。他の性質としては、平らに広げられる性質(展性)や長く延ばせる性質(延性)に富んでいること、電気や熱の伝導性も大きく、その上軽いこと、などもあったりします。
アルミニウムを主成分とし少量の銅・マグネシウムなどと合金にしたものがジュラルミン。耳にしたことはあるかと思いますが、ジュラルミンは軽いのにとても強度が大きいので、電車の車体や航空機の車体、自動車部品などに用いられています。
こんな特別な元素といってよいアルミニウムが、一円玉に使われているのです。
一円玉のすごさを何となくわかってきたところで、少し発展、高校化学の難関・mol(モル)のお話をしましょう。
mol(モル)って、授業で一度聞いただけでわかる人はそうそういないと思いますし、そもそもイメージしにくいですよね。一円玉がすごいのは、mol(モル)を手に取ってイメージできる、ということなのです。
ここでは中学2年の理科で習う次の化学式から始めましょう。
2H2 + O2 → 2H2O
これは、水素分子2つと酸素分子1つが反応すると水分子2つができるという意味です。言い換えると、水素が2分子に対して酸素を1分子の比率で(H2:O2=2:1)用意すれば水ができます。水素が2万個なら酸素は1万個です。ここまではいいですよね。
では問題。水素を2g用意したら、酸素を何グラム用意する必要がありますか?
水素:酸素=2:1なので、酸素は1g! ・・・は残念、不正解。
水素分子一個の質量と酸素分子一個の質量が違うので、重さを2:1にしてもだめなんです。
じゃあ水素と酸素それぞれ一分子の質量はどれくらいなのでしょうか? なんて、ものすごく小さいのはわかるものの、一個分の質量を知ったところでなおさらよくわからないですよね。
そこで登場するのが「物質量:単位はmol(モル)」です。
物質量は、原子1個をものすごくたくさん集めてひとまとめにしたものです。正確にいえば物質量1 molは、原子を6000 0000 0000 0000 0000 0000個(6.0×10^23個)をひとまとめにしたものです。
というと、やたらケタ数が多いのでここで諦めてしまいそうですが、個数はおいておいて、元素周期表にある「原子量」の欄にある数にgをつけたものが1 molの重さだ、といえばわかるのではないでしょうか。
例えば水素は、原子量1なので1 mol分セットにすると1g、水素分子はH2なので水素分子1 molは 2gになります。同様に、酸素の原子量は18なので酸素分子(O2)は1 molあたり32gです。このように元素の質量が異なると、同じ個数(=同じ物質量=同じmol)でも質量が異なってくるのです。
さっきの問題が「水素を2g用意したら酸素を何グラム用意する必要がありますか?」ではなく、「水素を2mol用意したら酸素を何mol用意する必要がありますか?」だったら、もうおわかりですね、そう1 molです。1 molの酸素を用意すればよいのです。
(ちなみに「水素を2g用意したら酸素を何グラム用意する必要がありますか?」の答えは16g (一度モルに換算して、水素2gは物質量2mol、それに必要な酸素は物質量1 mol、酸素1 molは16g、だから16g)となります。)
・・・わかったようなわからないような、とりあえずmolは重要な単位なんだね、というのがわかってもらえればよいです。それにしても、1gならわかるけど1 molって(物質によって異なるので)どうもイメージしにくい。酸素も水素も気体なのでなおさらわからん。何かはっきりイメージできる方法はないでしょうか。
そこで、お待たせしました、一円玉の登場です。
一円玉はアルミニウム99.999%、ほとんどアルミニウムです。しかも1.0gです。アルミニウムの原子量は27なので、一円玉27枚を集めたものが1 molになります。一円玉27枚をひとまとめにすれば、アルミニウム原子を6.0×10^23個集めたことになり、いわば「原子が目に見える」形になるのです。
アルミニウムの単体でできている一円玉が、ちょうど1.0gであるからこそ、1molを目で確認することができるのですね。
あまり手にしなくなった一円玉。しかし侮る勿れ!(あなどるなかれ!) たかが一円と思わず、たまにはその技術のすごさ、理科(化学)の面白さに思いを馳せてもらえると嬉しいです。
【参考資料】
卜部吉庸(2013)「化学の新研究」三省堂
【参考】
Wikipedia:キログラム
モル (mol)・物質量とは?意味や計算を図解でわかりやすく解説!