こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、
投稿させていただきます。
前回の続きです。
じゃあその「勉強をさせたい親」はどのようにすればいいのか。それは「勉強の意義・やり甲斐・目的・目標」を指し示すと同時に「本人が楽しめる方法」を子供と一緒に模索しつつ「親の勉強をさせたいという欲」を満たす必要があるという事です。この状態が「自己中心的利他」の概念、発想であります。
つまり、「自分のやりたいことが相手にとっても有益である状態」を目指すのが自己中心的利他の本質的な概念、感覚であるという事です。
今より昔の親の教育は「やらせる」であり、子供は「させられている」という構図でありました。しかし、子供はもう気付き始めています。「これって本当に私にとって必要なのか?」という事にですね。
しかし、子供はそう疑いつつもその判断自体が出来ません。なぜなら「知識・経験」が無いですから。その知識・経験を満たしてあげる事が親であり、周りにいる大人であるという事です。
我々は多種多様な方法を子供に提示をし、それを子供が「選ぶ」という事をしなければなりません。昔は「こうしなさい」で済みました。そして子供も素直に親のいう事を聞きました。
しかし、もうそのような時代ではありません。だから我々は「千の提案をし、万の方法を与える」必要があります。なぜなら、どの方法がその子に合うかわからないからです。
1+1=2のようなわかりやすい答えは存在しません。
とは言え、親の意見もあります。周りの大人の意見もあります。経験上「この道は危ないよ」と言いたくなる気持ちもわかります。
その気持ちこそが「愛」であり、正しい感覚であるという事です。しかし、その愛を押し付けていたのでは、その子の為になりません。
だから自己中心的利他の概念が必要なのです。親の言いたいことも言う。でも本当に子供の為になる事をその子が選びたくなるように、千の提案をし万の方法を与えるという事です。
次回に続きます。