こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、
投稿させていただきます。
前回の続きです。
特別なお話のように捉えないでください。みんなその光を心の中に持っています。
ところが、みんなの「我」によって光に影を作って、見えなくなってしまっているのです。
「私は持っていない!」と言う人が居れば、それこそ「我」が放つ言葉です。
その「我」があるということに気付き、「光」を持っていることに気付き、自分を愛し人を愛し続けた時、皆さんも「光の存在」になれます。
私もこのようなことを書いていますが完璧ではありません。車の運転中、後ろの車に煽られたらイライラします。コンビニの店員がムスッとした態度だったら「挨拶くらいまともにできないのか」と思います。
ところが、「私もこういう所があるんだ。」と気付き「まぁ自分にもそういうときってあるよね」と思えたとき、人は光の存在にわずか1歩進む事が出来るのだと思います。
人間は完ぺきではありません。完璧とは「神の領域」です。完璧を目指そうとした時、人は劣等感に苛まれてしまいます。
そうではなく「完璧じゃないから美しい」と心から気付けたとき、人は幸せになれるのだと思います。幸せの道とは、「こっちじゃない」と気付き、「あっちだ」と思って進みだした瞬間、幸せになれます。そして幸せとは「意思」なのです。
「お金持ちになったら幸せ」「子供が生まれたら幸せ」のように条件付きではありません。条件という「枷」を自分に付けないでください。何も変えないでください。何も足さないでください。「今この瞬間が幸せなんだ」と思って下さい。
最後は少し関係のないお話になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。これを読んで少しでも参考になったと思っていただければ幸いです。
いつもご覧いただきありがとうございます。感謝しています。