【カント】
得意技:観念論(経験論+合理論!)
活躍した時代:近代ヨーロッパ
ベーコン⇒ロック⇒バークリー⇒ヒューム、の経験論は、
究極は懐疑論(何もかも疑う)に陥ってしまう。
デカルト⇒ライプニッツ⇒スピノザ、の合理論は、
究極は独我論(理性が絶対!)に陥ってしまう。
その両者を統合したのがカントです(スゴい!)。
これを「ドイツ観念論」と言います。
すなわち、経験も理性も両方大事。
カントは哲学者の中でも主役級なので、
書きたいことがいっぱいあるのですが(笑)、
今回は「物自体は見えない」
ということについて絞って書きます。
目の前にリンゴがある(対象)から
われわれはそれが見える(認識)のではなく、
われわれはわれわれの脳の構造(認識)に従って、
世界(対象)を見ている(「対象は認識に従う」)。
すなわち、われわれは世界を「人間の色眼鏡」で
見ているに過ぎないのであり、
「世界そのものの真実の姿」を
見ている(見ることが出来ている)わけではない。
たとえば同じリンゴでも、
人間の目が見るのと蜂の目が見るのとでは違う。
実際、蜂は赤色が見えない、
ゆえに蜂にとっての「リンゴ」は「赤」ではない。
代わりに蜂には紫外線が見えているらしい
(逆に人間は紫外線が見えない)。
「世界の本当の姿は見えない」、という意味では、
プラトンの「イデア」と同じですね。
プラトンは「それはきっと認識できる」、
カントは「それは決して認識できない」、
とする違いはありますが。
あるいは「目の前の光景を真実だと思い込むな」
という点では、ベーコンの「イドラ」
(=偏見を捨てよ!)にも似ていますね。
常識や先入観を疑い、世界の本当の姿に迫る、
まさに哲学ですね。
勉強も同じです。
過去の偉人たちに学び(歴史や倫理や数学や理科)、
異文化に触れ(英語や古典)、
現在を複眼的に眺め(現代文や政治経済)、
真実(いかに人に優しく、社会に貢献できるか)に近づく。
いくつかの過去のブログでも触れていますが、
勉強は、人にやさしく出来るために、
それによって自他ともに幸せになるためにするものです。