こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、
投稿させていただきます。
前回の続きです。
村人全員が集まり、相談をします。「なんで小石を拾うんだ!意味が分からない」と否定する人や「でも、女神さまのいう事だから何かご利益があるのかも」と何の根拠もない期待を寄せる者。「私は何の理由もなくとも頑張って拾うぞ」と決心する者。
そもそも「喜んで悲しむ?どういうことだ」と、最後の言葉が腑に落ちないのです。
とは言いつつも、女神さまの言葉に触発された村人はそれぞれの思惑を抱えながら行動に移ります。
ある者は10個程度拾ったところで「やめだやめだ!こんなことをしても何の意味もない」と言い、途中で投げ出してしまいます。
ある者は「たくさん拾ったつもりだけど、なんだかなぁ。飽きちゃったしこの辺でいいか」といい、半ばで家に引き返します。
ある者は「なんだか楽しくなってきたぞ、この辺の道も綺麗になるし、良い事じゃないか」といい太陽が落ちるまで拾い続けます。
やがて、それぞれが拾った小石の入った袋を家に持ち帰り、一夜を過ごします。
激動の夜が明けました。村人は壁の隙間から朝日が差し、眠い目をこすりながら昨日拾った小石が入った袋に近づきます。
すると小石が入った袋に異変が起きていることに気付きます。袋を開けてみると、なんと小石がダイヤモンドの原石に変わっているではありませんか!
村人全員が歓喜に包まれました。「やっぱりあの女神さまは本物だったんだ!」「素晴らしい!ありがとう!」「次現れてくれた時にはお礼を言わないと!」村人は様々な思いのたけを口にしました。
「このダイヤモンドをどこに売りに行こうか!」「いやこの原石を加工して商売を始めようか!」「待てよ、この原石を想い人の為に指輪に加工してプレゼントしよう!」
などとダイヤモンドの使い道を各々が話し出します。
喜びの余韻に浸り、やがて時間が経つと村人全員がある気持ちの変化に気付きます。
「もっと拾っておけばよかった・・。」
「なんで10個程度でやめてしまったんだ・・。」
「途中で飽きてやめなければ・・もっとダイヤモンドを手に入れられたのに!」
「隣の爺さんは日が落ちるまでやっていたぞ。俺は途中で飽きてやめちまった・・。」
そうです。全員が全員女神さまの言うとおりに愚直に小石を拾っていたわけではありません。
ある人は10個でやめました。ある人は朝から日が落ちるまで延々と拾い続けました。
半ば、諦めてしまった人というのは「もっと拾っておけばよかった」と嘆き、悲しみました。
このお話にオチはありません。そういう話だという事です。
次回に続きます。