こんにちは、個別指導Wam西取石校です。
「勉強する理由」の続きです。
勉強する内容が難しくなってくると、「こんなの覚えなくても、(理解できなくても)生活には困らない。自分には必要がない。」という後ろ向きな思いがよぎります。
では、突きつめて考えてみましょう。生活に必要な勉強、生きていくのに最低限に必要な勉強というものがあるのでしょうか。
便利で、安全で、豊かで、平和な日本において、「生きる」ということを、単に「生命維持」という意味だけでとらえれば、あらゆる勉強は必要ありません。円の面積の公式を知らなくても、現在完了を知らなくても、時差の求め方を知らなくても、生きていけます。極論になりますが、言語(言葉)すら必要ありません。だって、保護者の人にスプーンで食べ物を口に運んでもらえば、「生命維持」はできるわけですから。
こう考えていくと、逆に勉強することは、「日々の生活を豊かにする」ことだということに気付くでしょう。自然と身についていく「言語」のみならず、意識的に学ぶ「勉強」というものによって、自分の知っている世界が広がります。「金木犀(キンモクセイ)」の知識を得、その香りを感じることで、「もう秋になったのだ」という季節感を得ることができます。「火成岩」の知識を得ることで、普段見慣れていた風景が違った意味を持って眼前に広がります。
勉強することは、「自分の知っている世界を拡げ、人生に彩りを与え、人生を豊かにしてくれる」ことではないでしょうか。覚えなくても、理解できなくても、生きていけます。でも、じゃあ、あなたの望む人生は、口元に食べ物を運んでもらい、生命を維持できさえすればよいというものなのですか。そうではないはずです。後ろ向きな思いの究極は、しかし、そこにたどり着いてしまいます。
テストで良い点数を取るため、志望校に合格するためという目先のことだけではなく、原点に返って「学ぶことの意義」に目を向けて下さい。勉強する理由は「自分を豊かにする」ためです。今、目の前に立ちはだかる壁を越えると、次の新しい世界が見えてくるはずです。前向きな気持ちをもって、勉強に臨んで下さい。
「勉強をする理由」のもう一つは、当たり前のことなのですが、その当たり前が意外に見過ごされている「知っていることの中からしか選べないから」というものです。
これにつきましては、次の機会にお話ししたいと思います。