こんにちは。Wam四箇郷校です。4月になり、日中は暖かい日が増えてきましたね。日の出の時間も早まり、朝6時頃は
もう東の空がすっかり明るくなっておりますね。個人的には、これぐらいの陽気が丁度いい感じですかね。さて、こちら四箇
郷校に着任してから、あっという間の1年が経ちました。一日一日の積み重ねではありましたがあっという間でした。1年間
ではありましたが、色々な事が有った様に思い出されます。更に賑やかさに華を添えられる様、頑張る事が出来ればと思う次
第です。その中の最近で、嘘のような話なのですが、先日春期講習期間の授業中に、山陽地方の、付属高校が、野球部で全国
的に有名な大学の先生から、1本のお電話を拝受致しました。西浜校経由で電話がかかって参りまして、びっくりしました
が・・・(汗)そのご用件が、約2年余り前の西浜校時に書き上げたブログの「命について」の物でした。当時、西浜中学校
の3年生が国語の授業で学習していた「高瀬舟」についてお尋ねしたいとの事だったのですが、それは作中の主人公が弟に対
して行った行為についての是非を話し合う授業の一環で行った「模擬裁判」の詳細と、その裁判が学校内で行われている件数
の統計調査の様でした。兄弟、身2つで行きていかなければならない境遇で、苦労をかけっぱなしの兄に申し訳ない、と思っ
た病弱な弟が自分の喉笛をカミソリで切ってひと思いに死のうとしましたが、死にきれず、兄に瀕死の状態で発見されます。
ここからの兄の行為についての是非が問題なのですね。兄は「初め」はすぐに医者に連れて行こうとしますが、弟は兄の事を
案ずる余り「死ぬ事」を「望んで」います。結局、兄が折れる形で弟の死を「手助け」するのですが・・・懇意にしてくれて
いた、ご近所の方に「早合点」されてしまい、兄は「罪人」扱いされてしまいます。その兄の行いの「是非(要は罪に問うべ
きか問わざるべきか)」を問う「模擬裁判」の詳細です。お医者様を目指される方は必ず読むべきだ、とされている作品で
「安楽死(弟を「苦しみ」から解放するべきか否か)」「インフォームドコンセント」「殺人ほう助にあたる行為の禁止」
(医師は家族の同意なしに勝手に治療方針を決めてはいけない)」について等、挙がって来るテーマは幾つかありますが、個
人的には「早合点」や「先入観」に対する戒めも加えるべきかとも考えたりします。かと言って、あまりの凄惨な光景を目の
当たりにしたが故に、気が動転してしまったのかもしれませんが、兄が「罪人」扱いされる原因になった、とご近所さんを一
方的に責めるのもよろしくないのですよね。でも、これら「早合点」や「先入観」が無ければ、と言うのは、一つの教訓とし
て戒める事なのだろうか、と伝わる気がします。「先入観は罪、固定観念は悪」と言う野村克也さんの言葉の「先入観」の部
分が、このお電話で「高瀬舟」の内容を改めて思い出して、頭の中をかすめた次第でした。罪悪とは、かなりきつい言い方で
すが、結果、自分(選手)の成長を止めてしまう「害悪」要因としてみなすに至った指導者としての「信念」故の物が有ったの
かもしれないですね。一つのやり方や見方ではやはり、見える範囲や解釈できる範囲が限られて、思い通りに立ち行かない事
が増えてしまうのではないか、思ったりします。思い通りにならなくなって、自分や周りの体や感情をわざわざ疲弊させてし
まう可能性も否めないでしょうね。信念故の自身の言行が行き過ぎて、周りの方々からの「勘違い」を買ってしまう事も可能
性としては有るとは思いますが、相手の意向を無視した「先入観」、言い換えれば偏った見方の要素を可能な限り抜き去った
言行であれば、それは全くの「別物」ではないかと思ったりもします。経験故の「先入観」は確かに必要ですが、「早合点」
の「先入観」は問題の奥底へ入って行く「絶好の機会」を失いかねないとも思います。私自身も、出来得る限り自戒しない
と、と思ったりします。時勢的に、それら故のニュースも幾分か見受けられますが、「正しく恐れる」の意味をそれぞれなり
に見直してみる必要が有るのかもしれませんね。敢えて申し伝えますが、「高瀬舟」の作者、森鴎外氏は作家であり、「お医
者様」です(笑)。暖かくなりましたが、朝晩はまだまだ寒いですので、風邪等引かない様、体調にはくれぐれも気を付けて
下さい。