教室ブログ

2017.12.25

aroundの多義構造について

こんにちは、庄内校 塩崎です。

 

ちょっと私事で論文的なものを書く機会があったので、ここにあげさせてもらいます。このブログの仕様上、若干見にくくなっていますが、そこはご容赦いただいて。

一応合格の評価をいただいたものなので、ある程度は的を得た考察だとは思います。ただし、あくまでいち言語学素人ががんばって書いただけのものですので、学術的な正当性は保障しません。また、このまま提出したわけでもありません。どうか参考までにとどめていただければ幸いです。

 

それでは、どうか皆様良いお年を。そしてメリークリスマス。

 

 

 

 

 

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 1. 多義構造について

本稿はaroundの多義構造を考察するものであるが、先だって語の多義性とその構造について言及しておきたい。

多義語とは、一般には複数の意味を持つ語のことをいう。しかしながら、あらゆる語の意味は文脈によって変化するのであって、この点を多義と混同してしまうと、多義構造を適切に捉えることが難しくなる。例えば、「お袋」という言葉は極めて単義的であり、この点は「親父」という言葉と比較すればより鮮明に表れる。

 

(a)店に親父の姿はなかった。

(b)店にお袋の姿はなかった。

(瀬戸・山添・小田2017, P67)

 

(a)の「親父」が「実の父親」、「店主」あるいは「親方・親分」のどれを意味するのかは極めて曖昧であるが、(b)の「お袋」が「実の母親」以外を表すとは考えにくい。従って前者は多義語であり、後者は単義語であると言える。

このような単義語にあっても、その意味には幾分の弾性が認められる。例を挙げると、ここに「お袋の味」という表現が存在する。無論、この場合の「お袋」は「実の母親」を示すのではなく、「(実の母親が作った)料理」という、「お袋」に包括される意味概念の特定の領域(アクティブ・ゾーン)を指示しているのであって、このような指示のずれはメトミニーの典型的現象である。なお、「お袋の味」は「母親の手作り料理感のある味」という味表現の一つとして立場を確立しているように思えるが、その点については本稿では言及を避ける。

いずれにしても、単義語においてすらその意味は弾力的であることが確認できた。従って、意味の弾性の有無で単義か多義かを判断するのは難しい。着目すべきはむしろ弾性の「程度」であって、より具体的には、語の最も中心的な意味(中心義)を基礎として、その拡張(意味拡張)によって成立した別の意味に自立性が認められるかどうかにある。この点に着目して、多義構造を下記の図で確認したい。

 

図1:多義ネットワーク・モデル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(瀬戸・山添・小田2017, P59)

 

Lakoff(1987)が提示したこの「放射状カテゴリー」は、中心義(図では「意味1」がこれにあたる)から周辺義への放射的な広がりを表しており、中心から遠ざかるほど意味も中心義から乖離していくわけであるが、多義か単義かという観点でいえば、意味の広がりが中心義内での意味展開にとどまらず、また意味拡張で形成された周辺義が自立した地位を獲得するのであれば(図の「意味2~4」にあたる)、その語は限りなく多義的であり、これらの周辺義は、またそれぞれの周辺義へと二次・三次的に拡張していく。一方、意味の広がりが中心義内での意味展開にとどまるのであれば(図の「1a」・「1b」にあたる)、それは限りなく単義的だといえる。

図の矢印が表す意味展開には、類似性に基づくメタファー・隣接性に基づくメトミニー・包摂関係に基づくシネクドキの3つのパターンが存在する。これらはカテゴリー拡張の要因的役割を担い、意味ネットワークにおいては、中心義と周辺義間の関係性を表している。

以上より、語の多義構造は①あらゆる語の意味は弾力的であるため、多義の意味ネットワークを考察する際には、広がった意味に自立性が認められるのか、あるいは中心義やスキーマ性の高い周辺義に依存的であるのかを判断する必要がある、②多義構造はメタファーなどの3つの関係性に基づく意味展開を経たネットワークによって形成されるため、中心義と周辺義のつながりは(程度の差はあれ)保たれる、という2点を留意する必要がある。

 

2. 前置詞aroundの多義構造

まず触れなければならないのは、同語が副詞・前置詞の二つの品詞役割を担う点である。これについて和英辞典アクティブ・ジーニャスは、aroundは「元来、円周およびそれに沿っての運動を表したが、それより漠然と周辺の位置・運動を表すようになった」と記述している。また、同辞典は前置詞・副詞としてのaroundでそれぞれに対応する意味が存在するとも述べており、従って、同語が位置・運動の両要素を含有していること、両品詞間でそれぞれに対応する意味が存在することを前提として理解しておく必要があるだろう。

なお、本稿は前置詞としての同語の多義構造を考察するものであるが、後述する例文の中には、前置詞としての役割が既に稀薄となっているもの(talk aroundやhang aroundといった群動詞)や、明らかに副詞として用いられているものが見られる。それは、本稿が同語に見られる多義性を概念的類似性に基づいて考察せしめんとする上で、品詞による意義の分類は決して適当ではないと考えたためである。

 

2.1.Aroundの中心義

中心義の認定は最大の懸案事項の一つであり、その議論は未だ十分ではない。条件としては、(a)多義語の他の意義を理解する上で前提となる(b)具体性が高く認知されやすい、(c)用法上の制約(統語的・意味的)を受けにくい、(d)意義展開の起点(接点)となることがもっとも多い、(e)使用頻度が高い、(f)意義獲得がもっとも早い、(g)中立的な文脈で最初に想起される、などが挙げられる(テイラー・瀬戸2008, P111)。

加えて、前置詞は空間的性質を含有しており、名詞を伴って空間的位置や移動経路を表す。よって、aroundの最も基礎的な空間意が同語の中心義となる可能性が高いと考える。

ロングマン現代英英辞典は同語の第一義を、“surrounding or on all sides of something or someone”と記しており、多くの英和辞典でも、「・・・の周り(周囲)に」が第一義に挙げられている。この空間的性質を図に表すと下記のようになる。

 

図2.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(オンライン百科辞典サイト weblio)

 

(1)a. The whole family was sitting around the dinner table.

b. The Romans built a defensive wall around the city.

 

例文と図を併せて参照すると、中心の円がaround以下のthe dinner table, the cityを表し、外側の円はそれを囲うThe whole family, a defensive wallを意味する。言い換えれば、中心の円は「地」(背景)に相当するランドマーク、それを囲う外側の薄円は「図」に相当するトラジェクターと呼ぶことができ、aroundが前景化させる領域はこのトラジェクター、図で言えば外側の薄円である。

同義が空間・位置状況を表すことは明瞭であり、辞書の記載順を考慮しても、先ほど挙げた中心義の条件を大よそ満たしているようである。従って、同義を中心義と仮定してその他の主要な意義との関係を確認した際に、(a),(d)の中心義条件を同義が満たしていた場合には、改めて同義をaroundの中心義として認めることができるだろう

 

2.2.中心と周囲の関係性

同語の中心義は、人・物などを「(円周的に)囲う・囲われる」という位置関係で結び、ランドマーク(中心)の周囲空間を前景化させたものであったが、この位置関係から異なる性質を見いだす意義がいくつか確認できる

 

(2)a. Is there a bank around here?

b. The new housing areas in and around Dublin.

 

(2)は中心義における関係性から「近接性」を見出して意味展開したもので、「(あるものの)周囲→(あるものの)近く」という概念がその意味基盤となる。(2a)は「この辺り(近く)に銀行はありますか」、(2b)は「Dublin内と周辺(近辺)の新しい住宅地域」と訳され、関心はhere(表現者の現在地)とa bank、DublinとThe new housing areasの近接性にある。

この近接性意義は、around two hundred years ago, around ten o’clockといったような、おおよその時間や数量を表す用法へと更に意味拡張する。いずれも、ある時間や数量を中心としてその周辺→それに近い時間・数量というイメージを意味基盤とする。

近接性以外には、トラジェクターとランドマークの関係を「全体とその中心」で捉える意義も確認できる。以下のような例文である。

 

(3) Their whole society was built around their religious beliefs.

 

aroundがtheir religious beliefsの周囲領域を表出させることで、これらを中心(ランドマーク)に据えた円を構築する。構築された円は全体(their whole society)を表し、ランドマークはその中心、つまり「中枢・基礎・要」を意味する。近接性と同じく「中心・周辺」という中心義のイメージ図は保たれるが、(3)が「彼らの社会全体は彼らの宗教的信仰に基づいて構築された」と訳される一方で、近い・付近などといった語では適切に訳せないことからも、両者がその意義を異にすることは明らかである。

 

2.3.「~中」と「~の周り」

前述のように、前置詞は名詞を伴って空間や位置・移動経路を表す役割を担っているが、aroundが前景化させる空間領域はしばしば文脈によって変化する。まずは「~の周り(を)」の意義を確認しよう。

 

(4)a. They danced around the bonfire.

b. If the gate’s locked, you’ll have to go around the side of the house.

c. She ran around the corner and straight into the arms of John Delaney.

 

(4a)はランドマークの周囲空間を顕在化するという意味で中心義に最も近く、辞書によっては同じ項に分類しているものもある(スーパー・アンカー英和)。the bonfireを中心とし、その周囲に沿ってトラジェクター(they)が円周的に移動する様子が容易に想像できるだろう。あるものの周囲を回る(迂回する)→避けて通る、というイメージからtalk around the issue(その問題を避けて話す)などのメタファー表現も確認できる。

(4b・4c)の各文はこの概念のもとにした意味拡張で、前者は家の周囲に沿って半円を描く(家の反対側へ向かう)経路を表すとともに、反対方向→ひっくり返す、というイメージから、turn around a bad situation(悪い状況をひっくり返す)などといったメタファー表現を保持している。同じように、後者では角に沿って弧を描く(角を曲がる)経路義と、角を曲がる→「(角を曲がれば)すぐそこ」というメタファー表現(Christmas is just around the corner、など)が確認できる。

一方で、aroundがランドマークの周囲ではなく、その内部空間全体を前景化する表現が見られる。travel aroundはこの典型例である。後ろにthe worldが続けば、普通我々は世界「中」と訳すはずであって、世界を円に見立てたとすれば、主体がその内部を移動した図を思い浮かべるだろう。確かに、「世界一周」という言葉があるように、世界を地球と捉えてその周囲に沿った移動経路を思い描くことも可能だが、around以下の名詞がthe countryになるとこのイメージを保つことは難しい。

図式化するとすれば、ランドマーク(the world, the countryなど)が円で表され、aroundが円の内部空間を前景化することで、トラジェクターの移動経路がそれを「満たしていく」イメージで解釈できるだろう。つまり、around以下の名詞が入れ物の概念で表されるということである。これは、ランドマークを円の中心として、aroundがその周辺空間を顕在化させるという前述の意義とは大きく異なる性質である。

同じ問いは移動経路以外にも立てられる。There are over 40 radio stations dotted around the countryという文を、「40局以上のラジオ局が国の周りに点在している」と解釈するのはあまりに奇妙だろう。

では、「~中」と「~の周り」の意はどのようにして判別すべきだろうか。ある表現が状況に適しているかどうかは、物事の見え方に依存している(田中・松本 1997)ということを前提としよう。名詞が人や机・椅子といった移動可能な内部空間のない物体であれば、その周り(外側)に沿った移動経路を表すことが容易に理解できるが(見え方がそれしかないのだから)、内側にも外側にも移動可能な空間を持った名詞を伴う場合にはどうか。

 

(5)a. I traveled around Bali.

b. Those teenagers like to hang around the mall.

c. They were dancing around the room.

 

我々はこれらの文を見て、主体が旅行したりぶらついたりグルグルと回って踊ったりしたのがバリやモール・部屋の「周り」だったとは普通考えない。これは、文章全体を我々の経験や空間認識に基づいて中立的に解釈した際に、around以下の名詞における空間性が外部よりも内部に顕著に表れるからだろう。

ただし、この判断は名詞の性質のみによるのではないことを留意しなければならない。「バス」という名詞は内部空間性が顕著であるが、その周囲を想像することもたやすいし、travel around Japanは「日本中を旅する」ことを意味するが、the seas around Japanは「日本の周りの海」を表す。同じ「湖」という名詞を伴っていたとしても、swim around in the lakeはその内部を泳ぎ回ることを意味し、drive around by the lakeはその周りに沿った道を(車で)走ることを意味する。つまり、「~中」か「~の周り」の判断を名詞のみに基づいて下すことはできないのである。

この他、ある表現が状況に適しているかどうかは、物事の見え方に依存している(田中・松本 1997)場合も考えられる。先ほどの(4c)に見たcornerは極めて多義的な語であり、彼女が走ったのが果たして「角の外側」だったのか、あるいは「隅の内側」だったのかは、視覚的な情報なしに断定することができない。これは、物事の見え方や位置情報の把握が表現の解釈に大きく影響すること、あるいは空間意が内向的か外交的かの判断は文脈や概念化者の空間解釈に帰着することを示す好例でもあり、この点はLevinson(1996)、安(2012)に詳しい。

「~中」の意義における留意点としては、存在や動作・移動が空間内部に位置するからといって、それが一点的・一直線的なものであればaroundの経路義にはそぐわないという点である。look around the roomは「部屋中を見渡す」であって、部屋を一点と捉えてを注視しているのであればlook atが正しい。無論、実際の経路が例えば渦巻き型である必要はなく、また、その空間全てを網羅しつくす必要もないが、移動や動作がその空間内部をある程度満たすものでなければ、同語はその表現としては不適格である。

 

3.結論

仮定した中心義は、ランドマークに相当する人・物などの周囲を円のイメージで捉え、その領域をトラジェクターとして前景化し、ランドマークとトラジェクターを「囲う・囲われる」の関係で結ぶものであった。その他には下記の意義が確認できた。

 

①円とその周辺領域の距離に着目した「近接性」

②中心を全体の基礎(中枢)とする「全体と中心」の関係性

③円周付近における運動・移動経路や存在

④円内部全体における運動・移動経路や存在

 

中心義のイメージに基づけば、①はその近さに着目している点でメトミニー的展開、②は中心が全体の一部である点でシネクドキ的展開、③④は位置関係を移動経路に見立てている点でメタファー的展開であるといえるだろう。

しかしながら、同語には本稿で述べた以外にも多くの用法が確認できる。We must find a way around these difficultiesなどのように、同語が「問題」や「困難」を伴う文章は、これらの周囲へ→困難(問題)から抜け出す、ことを意味するし、主に円形の物体の周囲(10 meters aroundなど)を表す意義も存在する。このような副詞としての役割が明確なaroundの用法を加えると、その多義ネットワークはさらに拡大していくだろう。

改めてaroundの多義構造を俯瞰してみると、同語が人・物の周囲→円というイメージから、円の中心と周囲の関係、あるいは円と空間の関係を軸として多義ネットワークを形成していることがわかる。これは、そもそもaroundという語が円を表すroundにon, atを意味する古期英語のa-が連結したものであることを考えれば、当然の結果だと言える。

aroundが示す円形の概念において、中心とその周囲の関係をより深く考察することができれば、aroundの多義構造をより明白なものとすることができるだろう。本稿においても、中心と周囲の境界が明確なケースと不明瞭なケースが確認できた。例えば、①②におけるランドマークとトラジェクターの境界は曖昧な場合がある。事実、around ten o’clockという表現が10時近くの時刻のみを表し、10時丁度は含まないと考えるのは難しいし、その意味では中心(10時)も全体(10時頃)の一部と解釈できる。この辺りはaroundに付随する語の性質にもよるものと思われる。

③④においてはある程度そのヒントを提示することができたが、改善の余地もまた大きい。周囲の意義が皆無である④においては中心の存在は提示されないし、これは特に副詞としての同語に顕著に見られる点である。

これらは今後同語の多義構造の考察を進めていく上での課題となるが、それでもなお、本稿はその足場となる基礎を提示することが出来たという意味で、その役目を果たしたのではないかと思う。よって本稿は、中心と周囲の関係を最も中立的に示し、かつその他の意義の多くにおいて前提となる概念を提示したという点において、中心義と仮定した意義がその暫定としての地位を返上することに同意して、その考察を締めくくるのである。

 

 

参考文献

瀬戸賢一・山添秀剛・小田希望(2017)、『認知言語学演習② 解いて学ぶ認知意味論』、大修館書店

ジョン・R・テイラー、瀬戸賢一(2008)、『認知文法のエッセンス』、大修館書店.

Lakoff, George. (1987). Women, Fire, and Dangerous Things: What Categories Reveal about the Mind. Chicago:University of Chicago Press.

田中茂範・松本曜、1997、『空間と移動の表現』、研究社.

Levinson, Stephen C. 2003. Space in Language and Gognition. Cambridge: Cambridge University Press.

安在珉、2012、「身体名詞の意味拡張による空間的用法について : 日本語 「脇」が表す空間の曖昧性を中心に」、『言語科学論集』

 

辞書

『オンライン版ロングマン現代英英辞典』

[https://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/around]

『英和辞典・和英辞典 Weblio辞書』

[https://ejje.weblio.jp/content/around]

『アクティブ ジーニアス英和辞典』、(大修館書店、初版)

『スーパー・アンカー英和辞典』、(学習研究社、第3版)

 

なお、本稿で記載した例文は『オンライン版ロングマン現代英英辞典』より抜粋した。

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