こんにちは。Wam西浜校です。変わり激しい秋の空模様真っ只中、
体調等崩されてないでしょうか?
タイトルをご覧になられて「シャレかい!?」、と突っ込まれたそこのアナタ・・・、
そういうわけではないのです・・・、勘弁してください・・・。
でも、ついついそういう韻としての形でもつながった言葉を探そうと思ってしまうのは、
「言葉の意味自体に繋がりはないけれど、”覚えやすいから”かな」と思ったりします。
「見方を変えて、なんでもいいから繋げて覚える」これはあながち間違ってはないと思います。
中学2年の国語の次のテスト範囲に「生物が記録する科学」という論説文があります。先日、生徒に音読をしてもらいまし
た。ペンギンの生態をレポートしたものなのですが、見方を変えると「理科の観点で見ることができるな・・・」と。
ペンギンが「哺乳類」と勘違いしてしまいがちな生徒が居るのですが(自分もそうでした・・・)、
「鳥類だよ」と答えると案の定「なんで?」という答えが返ってきます。「鳥類」→空を飛べるという認識が強いから、ペン
ギンは鳥類ではないと考えるからかな、思うのですが、作者は文中でいくつかの鳥類所以のキーワードをくれています。「く
ちばし」「数羽」「ひな」などこれらはまず特徴として鳥類を指すことにしか使われない言葉です。「でも飛べないじゃん」
とは突っ込まれたくないのですが・・・(汗)。
明和中の2年生たちが、理科で生物の分野の学習を行なっています。その中で「生物分類」の単元があります。
哺乳類から微細な動物までを種類や特徴別に分けていくのですが、わずかながらも教科間を越えた「学習の繋がりがあるな」
と、最近になってふと思います。学校の先生の意図なのか、偶然なのかはわかりませんが、その作品を見ていて「知識自体は
生きていくで直接役には立たないないかもしれないけれど、なんでも繋げて、想像して、見方を考えるこの姿勢は、生きてい
くうえで直接役に立つかもしれないな」、と。記憶力がいい人は、記憶する力が優れているのではなく、「その物事に対する
好奇心がや興味」が人一倍強いからではないか、と先日ブログでお伝えしたかと思います。国語(社会・数学・理科・英語)
から、その教科の勉強をすればいい、とかしなければならないではなくて、それぞれの教科知識や内容はどのような形であれ
、繋がりがある。メビウスのように捻じれているか、規則正しい円の形か、もしくは全く平行でない架け橋やはしごの形かは
見えないし、わかりませんが、どのような形であれ、繋がっているのであれば「リンク」であるし、繋げられて一周させられ
るのであれば、それは「リング」であると思います。出来上がったモノはへんてこ極まりないものかもしれません
が(自分のモノは気持ち悪いぐらいへんてこに出来上がっていると思います・・・)。
※矢継ぎ早になりますが、後の例をいくつか→国語の文法「自動詞」・「他動詞」→英語の文構造と一緒に学べます。
英語の日本語文からの英作→小学校の国語の主語・述語・修飾語の復習が出来ます。
理科の自身の波の速さ・物体の運動の平均の速さ→小学校の速さの問題で対応できます。
あなたは、どのように知識の学び方を「リングのようにリンク」させますか?
それはどのような形になるでしょうか?