こんにちは。Wam六十谷校の松田です。
お盆休みにはいるということもあり、今回は一時一服のつもりで、不思議について
不思議におもうことはあるでしょうか?今いる場所や、友達や今まで出会った人々。それが例えば10年先とします。
10年前から、今話している人と話をすることを想定していた、でしょうか?不可能に近いと思います。
また、自分をつくっていくのは自分。といっても、それはそうなろうとしているかで違ってきます。つまり、多くの材料は揃っているわけです。この材料というのは、今、自分が考える考えであったり、性格であったり、いろいろです。
自分が自分をつくっていくといっても、そうしていくのは周りがあってこそであり、周りがそうなれる材料を提供してくれたからできるものであり、今自分がそうしてみようとしているわけ・理由でもあります。
オリンピックシーズンですから、オリンピックでいいますとみんなの応援に応えたいというきもちで頑張ってきました。といったものがありますが、それは自分が自分自身のために努力していながら、コーチや様々な人々との交流もあり、そういったものに動かされていた・導かれていた、ともいえるのではないか、と個人的には思います。
オリンピック選手のように才能でそうなった人、(この才能というのは、勝ちあがって残りの一人になれた人という意味です。選ばれた人、選手というのはそういった類のものだと思います。)だけでなく、オリンピック選手のようなことをごく普通の私のようなものがすれば大怪我ですが、そんな選手からすれば準備運動にもならないような目標に向けて小さくてもその気になってやっていくのも楽しいものです。
私の意見としては、振り返るのは最後の最後でいいもので、振り返らないでよそ見しないで、すすんでいきたく思うところです。あえてそうすることが一番の近道で、自分の努力と、周りのおかげで動かされている、考えも想像もできない説明のつかない[おかげさま]になっていくと信じています。