“There’s the scarlet thread of murder running through the colourless skein of life, and our duty is to unravel it, and isolate it, and expose every inch of it.”
「人生という無色の桛糸の中に、殺人という朱に染まった糸が紛れ込んでいる。我々の仕事というのは、それを解きほぐし、分離し、全てを白日の下に晒すことである。」
かの有名なシャーロック・ホームズが、シリーズの記念すべき第一作目である「緋色の研究」”A Study in Scarlet” にて、のちに彼の相棒となる元軍医ワトソンに向けて放った言葉です。僕にはこういう、なんというか、「かっこいい台詞」に憧れてホームズ・シリーズを貪り読んだ若かりし日がありました。本や漫画にはそういうところがありますよね。物語どうこうというより、このキャラがかっこよくてとか、この台詞がサイコーでとか。
このブログで何度も紹介している思想家の内田樹先生は、この作品でホームズが実践している推理術を「分析的であり、極めて汎用性の高い」ものであると紹介しています。
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「君にはもう説明したはずだが、うまく説明できないもの(what is out of the common)はたいていの場合障害物ではなく、手がかりなのだ。この種の問題を解くときにたいせつなことは遡及的に推理するということだ。(the grand thing is to be able to reason backward)このやり方はきわめて有用な実績を上げているし、簡単なものでもあるのだが、人々はこれを試みようとしない。日常生活の出来事については、たしかに『前進的に推理する』(reason forward)方が役に立つので、逆のやり方があることを人々は忘れてしまう。統合的に推理する人と分析的に推理する人の比率は50対1というところだろう。」
「正直言って」と私は言った。「君の言っていることがよく理解できないのだが」
「君が理解できるとはさほど期待していなかったが、まあもう少しわかりやすく話してみよう。仮に君が一連の出来事を物語ったとすると、多くの人はそれはどのような結果をもたらすだろうと考える。それらの出来事を心の中で配列して、そこから次に何が起こるかを推理する。けれども中に少数ではあるが、ある出来事があったことを教えると、そこから出発して、その結果に至るまでにどのようなさまざまな前段(steps)があったのかを、独特の精神のはたらきを通じて案出する(evolve)ことのできる者がいる。この力のことを私は『遡及的に推理する』とか、『分析的に推理する』というふうに君に言ったのだよ。」
(Sir Arthur Conan Doyle, A Study in Scarlet, in “Sherlock Holmes, The complete novels and stories, Volume 1”, Bantam Classics, 1986, p.115-116)
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以下は内田先生の解説です。
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『あるものを見たときに、継時的にそれを配列して、次に何が起きるかを推理する力と、あるものを見たときに、そこに至るどのような「前段」がありえたのかを推理する力は、まったく異質のものである。
前進的・統合的推理をする人間は、一連の出来事を説明する仮説を立てようとするときに、「うまく説明できないもの」を軽視ないし無視する傾向がある。(中略)けれども、ホームズ型の知性は、「仮説に対する反証事例」、つまり、「うまく説明できないもの」を導き手(guide)として推理をすすめる。
それが出来合いの仮説では「うまく説明できないもの」であればあるほど、「それを説明できる仮説」の数はむしろ絞り込まれてくる。(中略)それはたいていの場合「あるはずのないものがある」「あるはずのものがない」という欠性的な、あるいは迂回的なかたちで示されている。
それに反応する知性、それを「導き手」として「前段」を「案出する」力、それがどれほど希有のものであり、また真に知性的なものであるかは、シャーロック・ホームズが嘆くように、まだ人々には十分に理解されていない。』(「緋色の研究」の研究、http://blog.tatsuru.com/2010/08/20_0803.php より)
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ホームズは、推理には「前進的・統合的」なものと、「遡及的、分析的」なものがあると話しています。内田先生も仰っているように、前者はこれまでに発見した手がかりや発覚した事象を順番に並べ、その上で「だからこういうことになるはずだ」と推理することです。一方で後者は、仮説を立てる際に、既に与えられた事実を順番に並べて次に起こることを予見するのではなく、ある物事を見た時に、まだ自分が知りえていないこと、与えられていない事実を「案出」する、つまり「こういうことが起こったのには、こういう理由があるんじゃないか」と物事を遡及的に考える力のことなのです。なぜ後者の力が大切なのか。それは後者とは逆の「前進的」な推理をする場合、その一連の流れの中で「はみだしてしまう事実」、「それでは上手く説明できない事実」が、無意識的に軽視されたり無視されてしまう傾向にあるからだと内田先生は述べています。
皆さん、「名探偵コナン」を見たことありますよね? 探偵の毛利小五郎がもっともらしい推理を披露したあとで、コナン君が「でもこれっておかしくない?」とその推理が説明できない事象を紹介しても、小五郎が「そんなもん、ただの偶然だよ!」とコナン君に取り合わないシーン、皆さんも見かけたことありませんか?
自分なりに物事を並べて仮説を立てると、それでは説明できないことを「見過ごせる範囲内の偶然である」と考えてしまう心理がかかってしまう。なぜなら、既に知りえている事象は、並び替え方や捉え方次第で「もっともらしい」話がいくつもできてしまうから。その上で、人はそれぞれ「自分の信じたい話」を選択する。さらに、自分の信じたい話では上手く説明できない事象を、「それはたいしたことではないから」と過小評価する傾向にあるということです。(だから民族間では歴史に関する意見・認識の一致がなされないということが多発するのです。)
ところが、物事には顕在化されていない「見過されている事実」や「明らかになっていない事実」が必ずあるはずです。内田先生の話を借りれば、それは「あるはずのないものがある」、「あるはずのものがない」という欠性的な、あるいは迂回的なかたちで示されている。コナン君の推理を思い出してみてください。コナン君は必ず推理をしてから「最後に証拠探し」をする。必ずそうする(因みに僕は名探偵コナンが大好きで、そこからシャーロック・ホームズを読み出した口です)。で、最後に推理ショーをお披露目するわけです。「あとはあれさえ見つかれば・・・」というシーンを、「あとは証拠だけやで工藤」と言って服部平次と証拠探しをするシーンを、コナンファンなら必ず見たことがあるはずです。
知りえた情報をつなぎ合わせて推理する小五郎と、知りえた情報をつなぎ合わせると「矛盾する事象」から「まだ知りえていない事実を導き出す」コナン君と平次、どちらが名探偵かは皆さんにも一目瞭然ですね。そしてこのような知性は、「真に稀有なものであり、真に知性的なもの」であるのだとシャーロック・ホームズ並びに内田先生は仰っているわけです。
学校で学ぶ勉強においては、与えられた条件を収集し、論理的に組み立てて答えを導き出す力が必要とされます。しかしながら、「本当にその答えであっているのか」という、問題を遡及的に振り返ることをしない生徒を数多く見かけます。五点満点のテストの平均を聞かれているのに七点と答えたり、たかしくんが時速六〇キロで歩いていたり、文末に”yesterday”と書いているのに動詞を現在形にしたり。
その仮説(式・思考法)で導き出した推理(答え)が、与えられた条件(問題文・指示文)と照らし合わせても矛盾していないかどうかを確認し、もしそうであった場合、自分がその推理に至った仮説を一旦空っぽにしてみて(そうしないと、間違っているのに自分の思考法が尤もらしく見えてしまうから)、矛盾する理由となっている「はみ出した事象」(誤り)を案出する知性をぜひ磨き上げてください。
それで例え不安な数字が出てきても(例えば、方程式の答えが分数になっただけで間違えたと思う生徒がたくさんいます。そんなことないのに。)、それが紛うことなき事実なのです。
大丈夫、それはコナン君と偉大なるシャーロック・ホームズが約束してくれていますから。
「不可能な物を除外していって残った物が、たとえどんなに信じられなくても…それが真相なんだ」
江戸川コナン
“When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth”
「有り得ない事を消去していけば、あとに残るのはいかにそれが信じ難い物であっても、真実に違いない」
シャーロック・ホームズ
ね?
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