Let’s try to practice a little brain-washing on ourselves.(J・Lacan)
「少しだけ頭を整理することにしましょう」
こんばんは。楠見校スタッフです。
新学期になりましたね。桜の季節なのですが、昨日今日の雨風でずいぶんと散ってしまったんじゃないでしょうか。まさか木登りしている大学生とか今どきいませんよね(笑)。
4月といえば入学式ですが、昔からそうだったわけではありません。
例えば、江戸時代などは寺子屋、私塾、藩校などでは特に入学の時期を定めず随時入学できたらしいですね。
明治時代初期の頃も維新政府により西洋の教育が導入され、高等教育では9月入学が主流となります。アメリカなど欧米諸国は9月に入学式がありますね。
それで、明治途中の頃から富国強兵政策の影響もあり、様々な新年度が4月から始まるようになったらしい。
最近では、大学の入学式をそのほうが合理的だから、9月に変更するべきだみたいな意見もありますね。(部分的に実施している私立大学もあるようですが)
ただ、日本人には桜=入学式という感情の連鎖が出来上がっていますから、それを覆すのは難しいと思います。良くも悪くも自明性を大事にする民族ですからね。
他愛もない話ですが今日はここまでです。
追伸:
唐突ですが、特に講師をしている学生たちにひとつアドバイスをしておきましょう。
この仕事をしている、あるいはしたい理由は面接等でいろいろ聞かされます。
教えるのが好きで指導スキルに磨きをかけたいとか、とりあえず教育学部で将来の夢が教師になることなんかが多いでしょうか。
他にも和歌山の個別指導の中では一番給与がいいとか、10浪くらいしててそのマゾヒスティックな勉強を意識無意識に生徒に反復させたいとか(笑)。まぁ最後は冗談ですが、人それぞれあることはあります。
けれど、どれもどことなく自己中心的な嫌いはあります。
だから、少し発想を転換して「人の役に立つことをしたい」と考えることから始めてみるのが正しいことだと思いますね。
やりがいや価値なんてものも、人の役にたってはじめて生まれてくるものでしょう。自分の夢とかスキル云々なんて、そういう下手な考え休むに似たりの自己中心主義にはけりをつけることですね。
子供たちの役にたつことを考えてやってゆくと、当然相手からも感謝され尊敬されますからね。それ自体も面白くなってくることは間違いありません。そういう人には卒業してから仕事だっていくらでもあること請け合いですね。
こういうことは19、20歳頃の若い頃に気付くべきだったですねえ、やはり。